FAMOUS QUOTE / MOBILE SUIT GUNDAM ZZ

そんなに人を信じられないのか!憎しみは、憎しみを呼ぶだけだって分かれ!そんなにひとをしんじられないのか!にくしみは、にくしみをよぶだけだってわかれ / sonna ni hito o shinjirarenai no ka! nikushimi wa, nikushimi o yobu dake datte wakare

「そんなに人を信じられないのか!憎しみは、憎しみを呼ぶだけだって分かれ!」とは、TVアニメ『機動戦士ガンダムΖΖ』の主人公ジュドー・アーシタが、第47話(最終話)「戦士、再び……」で放ったセリフです。ネオ・ジオンの摂政ハマーン・カーンとの一騎討ち——『Ζガンダム』から続いた戦乱の最終決戦で、人への不信を語る相手に真正面からぶつけた、憎しみの連鎖を断とうとする叫びです。

公式配信の字幕では「そんなに 人を信じられないのか!」「憎しみは 憎しみを 呼ぶだけだって 分かれ!」の2つの字幕——読点の位置は資料によって割れています。投票ランキング第7位の実績、ゲームでの歴代ボイス採用、そしてハマーンの最期まで。意味・出典・表記の違いを出典付きで解説します。

名言・セリフ 機動戦士ガンダムΖΖ 初出:『機動戦士ガンダムΖΖ』第47話(最終話)「戦士、再び……」 公開日:
MEANING

そんなに人を信じられないのか!憎しみは、憎しみを呼ぶだけだって分かれ!とは

「そんなに人を信じられないのか!憎しみは、憎しみを呼ぶだけだって分かれ!」とは、TVアニメ『機動戦士ガンダムΖΖ』(1986年・全47話)の主人公ジュドー・アーシタ(声:矢尾一樹)が、第47話(最終話)「戦士、再び……」で放ったセリフです。相手はネオ・ジオンの摂政ハマーン・カーン(声:榊原良子)。ΖΖガンダムとキュベレイの一騎討ちの最中、「人は生きるかぎり 独りだよ」(公式配信の字幕)と人への不信を語るハマーンに対して、ジュドーが叫んだ返答です。憎しみを原動力に戦いを続ける相手へ、憎しみは憎しみしか生まないと真正面から説く——『機動戦士Ζガンダム』のグリプス戦役から2作にわたって続いた戦乱の、締めくくりに置かれた言葉です。

① セリフそのもの
運営者非公表のガンダム情報サイト「ガンダムチャンネル」(gundam-c.com)のガンダム名言集に、ジュドー・アーシタの名言として収録されています。同名言集の解説は、ジュドー対ハマーンの最終決戦のセリフで、このあとΖΖガンダムとキュベレイの最後の攻防が行われた、という趣旨の2文です(決戦の結末の書き方は資料により差があります。「名場面の中身」参照)。
② 劇中の実際の形
公式配信(バンダイチャンネル)の最終話の字幕では、「そんなに 人を信じられないのか!」(配信動画のおよそ12分46秒)と「憎しみは 憎しみを 呼ぶだけだって 分かれ!」(12分50秒)の連続する2つの字幕として表示され、間にはおよそ2.3秒の間があります。字幕に読点はなく、区切りは空白です。「分かれ」の漢字表記と全角の感嘆符は、見出し語と一致します。
③ 基準表記
本サイトが底本とするガンダムチャンネル名言集の表記は「憎しみは、憎しみを呼ぶだけだって分かれ!」(読点が「憎しみは」の直後)。一方、今回確認できた他の資料の多くは「憎しみは憎しみを呼ぶだけだって、分かれ!」と読点を「だって」の後に置いており、ひらがなの「わかれ」、さらに「憎しみが憎しみを呼ぶ」と助詞が変わった形も流通しています。底本と同じ形を確認できたのは投票サイト「みんなのランキング」の掲載表記と画像付き名言ツイートの2件でした。本サイトは見出し語として底本の表記を採り、これらの違いを本文で明示しています。
SOURCE

出典・初出

出典はTVアニメ『機動戦士ガンダムΖΖ』(サンライズ・1986〜87年放送・全47話)。『機動戦士Ζガンダム』の直接の続編で、このセリフは最終回の第47話「戦士、再び……」に登場します。話数の根拠は、公式配信(バンダイチャンネル)のセリフ検索で最終話の字幕に実測できたこと、およびWikipediaのハマーン・カーンの項が最期の場面の出典として『機動戦士ガンダムΖΖ』第47話を明示していることによります。最終回の放送日は1987年1月31日です(Wikipediaの話数表とアニメイトタイムズの放送形態欄が一致。一部サイトには1月30日の記載もあります)。

「そんなに人を信じられないのか!憎しみは、憎しみを呼ぶだけだって分かれ!」

ジュドー・アーシタ(声:矢尾一樹)——『機動戦士ガンダムΖΖ』第47話(最終話)「戦士、再び……」より。表記はガンダム情報サイト「ガンダムチャンネル」のガンダム名言集に従った(公式配信の字幕上は「そんなに 人を信じられないのか!」「憎しみは 憎しみを 呼ぶだけだって 分かれ!」の2つの字幕。「名場面の中身」参照)。

『ΖΖ』はガンダムシリーズの中でも少し珍しい立ち位置の作品です。公式サイトの作品一覧を確認すると、『Ζガンダム』には新訳劇場版三部作、初代にも劇場版三部作の登録がある一方、『ΖΖ』はTVシリーズ1本だけで、劇場版・総集編の登録がありません。つまりこのセリフに映像で出会える場所は、実質的にTVシリーズ最終話だけです。また、公式ポータルの名言連載「ガンダムパワーワード」は、まさにこの決戦の場面から2つのセリフを2週連続で取り上げています——第179回がハマーンの「人は生きる限りひとりだよ。人類そのものもそうだ」(2021年2月22日)、第180回がジュドーの「持てる能力を調和と協調に使えば、地球だって救えたのに!」(2021年3月1日)。劇中でこの2つのセリフに挟まれた位置にあるのが本セリフで、公式もこの問答のシーンを代表的な名場面として扱っていることがうかがえます。

断定できないこと

底本のガンダムチャンネルは運営者非公表の非公式サイトであり、公式資料ではありません(バンダイナムコ側の公式YouTubeチャンネル「ガンダムチャンネル」とは別のものです)。見出し語の読点位置(「憎しみは、」)と一言一句同じ形を確認できたのは底本のほか2件のみで、他の資料は読点位置・かな表記が異なります。どの形が実際の音声に近いかは、映像本編・脚本を確認していないため判定できません。見出し語は、字幕上は連続する2つの字幕(12分46秒と12分50秒)を1文に続けた合成形です。なお字幕データを一括取得する手段がないため、2つの字幕の間(約2.3秒)に別の字幕が無いことは、多数のキーワードによる検索走査の範囲での確認です。字幕は配信用に付された日本語字幕であり、脚本上の表記とは限りません。字幕データには話者名が含まれないため、話者の記述は公式キャラクターページ・公式あらすじ・各資料の記述を根拠としています。本セリフそのものを扱った公式記事・公式グッズは今回の実測範囲では見つかりませんでしたが、公式サイトのサイト内検索とプレミアムバンダイの商品検索は機械的に確認しきれておらず、存在しないとまでは断定できません。最終回の放送日はWikipedia(アニメージュ1987年2月号出典)とアニメイトタイムズの2つの独立した資料で1987年1月31日と一致しますが、ピクシブ百科事典には1月30日の記載があり、食い違いが残っています。

SCENE

名場面の中身:憎しみで戦う人に、憎しみの終わりを説く

舞台は宇宙世紀0089年。公式サイトの最終話あらすじは「ジュドーはハマーンと最後の決着をつけるべく、単身ZZガンダムでハマーンのキュベレイへ向かっていく」と記し、バンダイチャンネルの同話あらすじも「ハマーンと1対1の戦いで最後の決着をつけようと、ZZで出撃するジュドー。対するハマーンもただ1人白いキュベレイで迎え撃つ」と書いています。ネオ・ジオン内部のグレミー・トトの反乱をめぐる三つ巴の戦いで味方戦力の大半が失われた後の、双方が1人ずつで臨む一騎討ち——ふたまん+の記事によれば、ハマーンはこの一騎討ちで切り札のファンネルを使わない戦い方まで貫いています。

戦いの中盤、キュベレイの猛攻で追い詰められたジュドーを支えたのは、人の意志でした。「みんなの力が ガンダムに!」(配信動画のおよそ12:06・公式配信の字幕、以下同じ)。Wikipediaは、カミーユやかつて戦死した者たちの意志が集結して力となってジュドーを守り支え、分離していたΖΖガンダムが再合体した、と記しています。この光景を前にしたハマーンの字幕が続きます——「人の思いが… 人の意思が 力となってゆくのか?」(12:21)「これが ニュータイプ?」(12:26)。ジュドーは返します。「あなたには」「見えているはずだ!」「戦いで無駄死にをした 人の意思が」(12:27〜12:30)。

ここでハマーンは、自分の人間観を口にします。「人は生きるかぎり 独りだよ」(12:33)「人類そのものも そうだ」(12:35)——後年、公式の名言連載が第179回として取り上げた言葉です。さらに「人類すべてが ニュータイプになれるものか!」(12:40)「その前に 人類は 地球を食い尽くすよ!」(12:43)。人はどこまでも独りで、分かり合えるようにはならない——そう言い切る相手への返答が、この叫びです。「そんなに 人を信じられないのか!」(12:46)。字幕の上ではおよそ2.3秒の間を挟んで、「憎しみは 憎しみを 呼ぶだけだって 分かれ!」(12:50)。さらに「自分の頭だけで 考えるなー!」(13:13)と畳みかけます。Wikipediaはこの局面を、ジュドーが「ハマーンの抱く憎悪や精神的な弱さを見抜いて彼女に諭す」と表現しています。また同じ項は、終盤のジュドーの姿勢について、当時のプロデューサー内田健二氏の「人の死を土台にした物事の解決方法は決して許せない。だから、ハマーンを否定する」というコメント(アニメディア1986年12月号)を引いています。理屈の通った説得ではなく、人を信じる側が信じない側へ全力でぶつけた感情——それがこのセリフです。

決着は静かに訪れます。「相打ちと言いたいが 私の負けだな」(14:12)。なぜファンネルを使わなかったのかと問うジュドーに、ハマーンは「ふっ “一騎打ち”と言ったろ?」(14:18)と返し、ジュドーは「なんで もっと上手に 使えなかったんだ!」(14:23)「持てる能力を 調和と協調に使えば」(14:26)「地球だって 救えたのに!」(14:29)と叫びます——公式連載が第180回で「ジュドーがやり場のない怒りを叫んだセリフ!」と紹介した言葉です。複数の資料が一致して記す結末は、敗北を認めたハマーンがジュドーの差し伸べた手を拒み、自ら命を絶つ、というものです。最期の字幕は「帰ってきてよかった ううっ!」(14:59)「強い子に会えて…」(15:08)。人を信じられないと言った人が、最後に一人の「強い子」に出会えたことを言葉にして去っていく——このセリフの投げかけが確かに届いていたのかどうか、それは視聴者に委ねられたまま、2作続いた物語は幕を閉じます。

シーンの状況説明は、公式サイトの最終話あらすじ・公式キャラクターページ・公式配信の字幕の実測、およびWikipedia・ふたまん+・マグミクス・電撃オンラインの記述に基づいています(映像本編・脚本は未確認。上の「断定できないこと」参照)。字幕の表記・タイムコードはバンダイチャンネル「セリフ検索」の実測により、タイムコードは配信動画の先頭(オープニング等を含む)からの表示開始時刻を分:秒に切り捨てて表記しています。字幕には話者名が含まれないため、本文の話者の記述は、場面の構図を示す公式あらすじと各資料の記述との照合によります(各字幕の話者を直接示す一次資料は確認できていません)。字幕1枚の中の改行は本文では半角空白1つに置き換えています。ΖΖガンダムの再合体とこのセリフの前後関係は資料により記述が分かれるため、本文では字幕の並び順のみを記し、映像上の前後は断定していません。ハマーンの最期は、本文のとおり「自ら命を絶った」とする資料が多数(Wikipedia・ニコニコ大百科・ふたまん+・マグミクス)ですが、底本と一部記事は「戦死」と表記しており、また機体を激突させた場所の書き方も資料間で異なります。一騎討ちの舞台についても「モウサ」とする資料と「コア3」とする資料があり、本文では特定していません。本文で引用した各字幕は、字幕中の連続する語句をバンダイチャンネル「セリフ検索」で検索することで再現できます(出典欄には代表的な検索結果を掲載しています)。

HISTORY

広まった経緯:ランキング・ゲーム・見出しで「選ばれ続ける」名言

このセリフの広まり方には特徴があります。今回確認できた範囲では、ネットミーム的な爆発力よりも、名言を「選ぶ」場所——投票ランキング・ゲーム・記事の見出し——で繰り返し選ばれ続けてきたことが目立ちます。

  • 投票ランキング第7位:投票サイト「みんなのランキング」のガンダム名言ランキングでは、シリーズ全体を対象にした投票で第7位(75.4点・19人が評価・2026年5月18日最終更新の投票型ランキングのため順位は変動します)。「悲しいけど、これ戦争なのよね」(1位)や「修正してやる」系(3位)といったシリーズを代表する有名セリフと並んでのTOP10入りで、掲載表記は本サイトの見出し語と完全一致です。投票者のコメントには「整頓されたセリフではないからこそ、伝わるものがあるのだと思います」とあります。
  • 『ΖΖ』を代表する名言として:アニメ名言データベース「レビューン」の『機動戦士ガンダムZZ』名言一覧(61件登録)では、サイトがページの説明文に挙げる代表セリフの1つに採用されています(掲載表記は「憎しみは憎しみを呼ぶだけだって、分かれ!」の読点位置)。
  • ゲームの必殺技になった場面:『機動戦士ガンダム EXTREME VS.』シリーズでは、初代『EXTREME VS.』から最新作『EXTREME VS.2 INFINITE BOOST』まで、ジュドーのΖΖガンダムの敵機撃墜時ボイスや覚醒技のセリフとして複数の作品で使われ続けています。特に後覚醒技「みんなの力が、ガンダムに…!」は、攻略wikiが「キュベレイとの決戦の決め手になった一連の動作の再現」と説明する技で、その2段目にこのセリフが乗ります——この場面自体が、そのまま必殺技になっているわけです(最新作の攻略wikiも「キュベレイとの一騎討ちの最後で行われた一連の動作の再現」と説明しています)。ニコニコ動画でタイトル・説明文・タグに当該セリフを含む動画のうち最多再生のもの(約3.9万再生)もEXVS用カスタムサントラで、ゲーム経由の拡散が目立ちます。
  • 記事見出しへの採用と「憎しみが」の誤伝:電撃オンラインは2021年、公式YouTubeチャンネルでの『ΖΖ』第47話配信を告知する記事の見出しに「ジュドー、憎しみが憎しみを呼ぶだけだってわかれ! と叫ぶ」とこのセリフを採用しました。ただし表記は「憎しみ」で、かなの「わかれ」。Yahoo!知恵袋で好きな『ΖΖ』の名セリフとしてこのセリフを挙げた投稿も同じ「憎しみが憎しみを呼ぶだけだってわかれ!」の形で、助詞が変わった形が一定数流通していることが確認できます。
  • 名言ツイートの定番:画像付きの名言紹介アカウント(哀戦士・2019年2月18日の投稿)が本サイトの見出し語と完全一致する表記で紹介するなど、SNS上でも名言としての引用が確認できます(投稿数などの定量的な集計は取得できていません)。

断定できないこと

このセリフを名にした専用記事は、ニコニコ大百科・ピクシブ百科事典のいずれにも存在しません(複数の表記パターンで実測し、いずれも未作成でした)。ねとらぼの名言ランキングは初代と『Ζ』のキャラクターを対象にしたものだけが確認でき、『ΖΖ』・ジュドーの名言ランキング自体が見つからなかったため、「ねとらぼで何位」という形の実績は示せません。gooランキングと一部の名言サイトには接続できず、掲載の有無を確認できていません。YouTube・X(旧Twitter)上の拡散の定量値も取得できていません。スーパーロボット大戦・Gジェネレーションでのゲーム内ボイスとしての使用は、攻略wikiの範囲では確認できませんでした(『真・ガンダム無双』はwikiのキャラクター紹介文への掲出のみ実測。ゲーム内音声としての実装は未確認です)。他作品でのパロディ・オマージュの実例も今回の調査では確認できませんでした(無いことの証明ではありません)。

FAQ

よくある質問

「そんなに人を信じられないのか!憎しみは、憎しみを呼ぶだけだって分かれ!」は誰のセリフですか?

TVアニメ『機動戦士ガンダムΖΖ』(1986年・全47話)の主人公、ジュドー・アーシタのセリフです。声を演じたのは矢尾一樹さんです。最終話で、ネオ・ジオンの摂政ハマーン・カーンとの一騎討ちの最中に、人への不信を語るハマーンへ向かって放った叫びです。

どの話に登場しますか?

第47話(最終話)「戦士、再び……」です。1987年1月31日に放送されたTVシリーズの最終回で、公式配信(バンダイチャンネル)の字幕では配信動画のおよそ12分46秒に登場します。『機動戦士Ζガンダム』のグリプス戦役から続いた戦乱に決着がつく回です。

劇中でもこの通りに言っているのですか?

細部が異なります。公式配信(バンダイチャンネル)の字幕では「そんなに 人を信じられないのか!」と「憎しみは 憎しみを 呼ぶだけだって 分かれ!」の連続する2つの字幕に分かれ、間にはおよそ2.3秒の間があります。字幕には読点がなく空白で区切られていますが、「分かれ」の漢字表記と全角の感嘆符は見出し語と一致します。見出し語の1文の形は、本サイトが底本とする名言集の表記です。

どんな場面のセリフですか?

ジュドーのΖΖガンダムとハマーンのキュベレイによる一騎討ちの最中の場面です。「人は生きるかぎり 独りだよ」「人類すべてが ニュータイプになれるものか!」(公式配信の字幕)と人への不信を語るハマーンへの、ジュドーの返答がこのセリフです。公式サイトの最終話あらすじは「ジュドーはハマーンと最後の決着をつけるべく、単身ZZガンダムでハマーンのキュベレイへ向かっていく」と記しています。

ハマーンはこのセリフに何と答えたのですか?

このセリフへの直接の返答を明記した資料は、今回の調査では確認できませんでした。戦いの結末として複数の資料が一致して記すのは、敗北を認めたハマーンがジュドーの差し伸べた手を拒み、最期に「強い子」(ジュドー)に会えたことへの想いを遺して自ら命を絶った、という流れです。公式配信の字幕でも「強い子に会えて…」(配信動画のおよそ15分08秒)が確認できます。

有名なセリフですか?

投票サイト「みんなのランキング」のガンダム名言ランキングで第7位(75.4点・19人が評価・2026年5月時点)に入っています。ゲーム『機動戦士ガンダム EXTREME VS.』シリーズでは、ジュドーのΖΖガンダムの覚醒技や敵機撃墜時のボイスとして歴代作品で使われ続けており、電撃オンラインが公式配信を告知する記事の見出しに使った実例もあります。

SOURCES

出典・参考

本ページの記述の根拠、および関連する公開情報です。確認できていない事項は本文中で「断定できないこと」として明示しています。